ウェディング 体験談集

おばあちゃんに花嫁姿を見せられて良かったです

小さな頃からおばあちゃん子だった私は、○ちゃんの花嫁姿を見たいねぇ~というおばあちゃんの言葉を、大人になってからも覚えていました。おばあちゃんのためにも、早く結婚しなきゃ、と焦れば焦るほど遅れる婚期…。やがて30歳目前になり、半ば諦めかけていた頃、彼と出会いました。

一緒にいて楽しく、こんな人と人生を共にできたら…と思い始めた頃、なんと彼からプロポーズをされました。タイミングまでバッチリなんて、もうこの人しかいない!と有頂天になったものです。早速両親とおばあちゃんに報告すると、みんなで大喜びしてくれました。やっと花嫁姿を見られると、おばあちゃんが嬉し泣きをしたほどです。

でも、安心して気が緩んだのか、おばあちゃんの具合が悪くなって入院することになりました。大したことはないようでしたが、年齢も年齢だし、心配で仕方がありませんでした。休みの日を見つけては、彼と一緒におばあちゃんのお見舞いをしました。おばあちゃんは、この子をよろしく頼むね、と彼に何度も言うので、容態が思わしくないのでは、とハラハラしました。七五三を名古屋でやろう

でも、結婚式の1ヶ月前には無事退院。式にも出席してくれました。両親の手紙を読んだ後に、おばあちゃんへの手紙を読むと、おばあちゃんは声を上げて泣いてしまいました。もちろん感激して。他の出席者の方々も、もらい泣きで、とても感動的な式になりました。その後、おばあちゃんはというと、結婚式で元気をもらった、と前より調子が良いみたいです。

ほとんど手作りしました!ケチケチカップルの結婚式

お金は何よりも大事!と言われて育った私。ドケチとは言わないものの、自他共に認める立派な倹約家に成長しました。あまりの倹約ぶりに、お付き合いする人がついていけず、何度も失恋をしましたが、こんな私に運命の人が現れました。そう、今の夫です。なんと夫も倹約家!初めて会った時も、倹約あるあるで意気投合したものです。

価値観が同じだと、一緒にいて安心感があり、すぐにお互い結婚を意識しました。そしてすぐに、結婚式はどうしようか、という話になりました。これまでの倹約生活で、貯金は十分にあったのですが、友人の話や結婚情報誌を見ても、100万円以上は確実に掛かる、というのが結論でした。いくらご祝儀があるからと言って、ちょっとこれはお金がもったいない。二人の間ではナシ婚でいいか、ということになっていました。

けど、両家に結婚式はナシの方向で、と言うと、大激怒!いくらケチだからって、そんな大切なことまでケチるんじゃない!とお説教をいただきました。私たちは反省し、「いかにお金を掛けずに結婚式を挙げられるか」に考え方を変えていったのです。まず、招待客の人数は絞りに絞ること。親族と親しい友人は外せないので、会社関係の人などは、上司のみに来てもらうことにしました。式場は、何人までなら安くできるところで、シーズンオフを狙いました。ブーケや小物類も、自分で作れるものや友人にお願いしてできるものは全部作って、式場で用意してもらうものは本当に必要最低限に抑えました。友人には大丈夫なの?と心配されるほど忙しい準備にはなりましたが…。

そして当日。頑張って作ったこともあり、手作りと思えない!と言われるほど上出来な結婚式になりました。挙式も披露宴も、演出は簡素になりましたが、サクサク進んで行きました。その分、自分たちでは作れないフルコースはちょっと贅沢に。費用は、式場代とドレス代、お料理代だけと言っても過言ではありません。この結婚式以来、ケチも努力、というのが、私たち夫婦の座右の名になりました。

両親の反対を乗り越え…披露宴では号泣しました

学生の時に上京して、そのまま社会人になった私は、3年目にして今の主人と出会いました。順調に愛を育み、私の地元が関東圏内のため、時々一緒に実家の方へ遊びに行っていたりしました。両親も歓迎してくれて、何も問題なく過ごしていました。

ところが、いざ結婚の話が出ると、途端に両親は大反対。理由は、主人の地元が遠すぎるということです。その時、主人は資格を取るため専門学校へ通っており、資格習得後は地元に帰って実家の家業を継ぐことになっていました。夫の地元は九州。もしそちらに嫁いだら、私が地元になかなか帰ってこれなくなる、というのが両親の言い分でした。何度も話し合いをしましたが、1年ほど許しはもらえませんでした。1年間、夫の実家へ両親を招いたり、夫の両親が私の実家へ訪ねたりと、色々あった末に、しぶしぶという形で結婚の許しが出ました。特に母は最後まで寂しくなるとごねていましたが、私は結婚できる嬉しさで舞い上がっていました。

結婚式の時、両親への手紙を読むと、母は泣き崩れました。娘が遠くへ行ってしまう、と。そんな、二度と会えないわけじゃないのに…。困惑していると、父が両家両親挨拶でこう言いました。「娘は、私たちなりに大事に育ててきたつもりです。ずっと傍にいるものと思っていたのに、急に遠くの土地へ嫁ぐと聞かされ、なかなか心の準備ができずにいました。しかし、今日の二人の晴れ姿を見て、私は安心しました。この二人なら、どこにいても幸せになってくれると。(夫)くん、娘を頼みます。幸せにしてやってください。」普段は物静かな父が、声を詰まらせながら言うのです。そこで、私は初めて両親の寂しさが伝わってきて、また、自分も両親に今後気軽に会えなくなると自覚し、人前ということも忘れて号泣してしまいました。そして、その寂しさを封じ込めて、私を送り出してくれる嬉しさ、両親の愛の深さに涙が止まりませんでした。

今では、私も2児の母親です。年に1度、実家に帰れるかどうか、というところですが、電話ではよく両親に孫の声を聞かせています。主人も、結婚式のあの言葉が心に残っているそうで、私たち家族を大事にしてくれています。

母校での結婚式!全校生徒に祝福されました

僕と彼女は、勤め先で知り合いました。初めは仕事仲間として接していましたが、会社の親睦会で意気投合。徐々に距離を縮め、半年後に付き合い始めました。それから2年経ち、仕事も僕たちの関係も安定してきたので、思い切ってプロポーズ。返事はもちろん、OKでした。

お互いの両親に挨拶を済まし、結婚式の会場を決めなきゃな、と思っていると、彼女が挨拶をしたい人がいる、と言いだしたのです。彼女の出身校で、とてもお世話になった恩師がいるからと。彼女の母校は、服飾関係の専門学校です。今の仕事は服飾とは関係のない職種ですが、趣味で服を作ったり、アクセサリーをアレンジしたりしているのは知っていました。

彼女と一緒に母校を訪ねると、当時教官だった先生は、教頭まで出世しておられました。結婚の挨拶をし、彼女と先生が少し昔話をしたあと、先生がこんなことを言い出したのです。もしよかったら、この学校で結婚式を挙げてみないか?と。僕は思いがけない言葉に驚きました。学校で結婚式なんて聞いたことがないし、そんなことが可能なのかと。でも、彼女は大喜び&大乗り気。よくよく話を聞いてみると、数年前にブライダルコースが新設され、将来結婚式場で活躍したい生徒さんが多数いらっしゃるとか。つまり、ドレスもタキシードも生徒さんが作り、会場の装飾もお任せできるのです。実習を兼ねているので、無理にとは言わないとのことでしたが、僕も彼女も、滅多にない経験ですから、お願いすることにしました。

何度も生徒さん達と打ち合わせを重ね、一番広い教室で挙式をしました。ちゃんとバージンロードも敷いてくれて、本当の式場さながら。勝るとも劣らない造りにしてくれました。人前式で、お互いの友人代表に結婚を近い、結婚証明書にサイン。この証明書も生徒さんが作ってくれたのです。式場の花も、ブーケも、彼女のヘアメイクも全て生徒さんによるもので、ほとんどお金が掛からなかったことも助かりました。挙式が終わり、外へ出ると、出席者と全校生徒からのフラワーシャワーが!たくさんの花びらが舞う中を歩き、恥ずかしいやら嬉しいやら。彼女の方を見ると、嬉し涙でメイクが取れかけていました。集合写真の前には、また生徒さんにメイク直しをしてもらいました。とても賑やかで、温かみのある結婚式ができて、僕と彼女は本当に幸せ者です。

ジミ婚だったけど、温かい結婚式でした

出会った頃も、結婚する頃も、私たちは二人して貧乏でした。収入の少なさだけでなく、主人は学生時代の奨学金の返済、私は通勤などで必要で買った自動車のローンを抱えていました。貯金もほとんどなく、親にも経済的には頼れなかったので、結婚式はやめておこうか、と話し合っていました。

でも、写真だけでも撮っておこうか、と調べていたら、少人数制で、格安のお値段でできることを知り、早速問合わせてみることに。結婚式と言ったら、普通にするだけでも数百万円すると思い込んでいた私には、信じられないほどの激安価格でした。なんでそんなに安いのか、納得行くまでお話をじっくり聞かせていただいてから、夫とも相談し、後日改めて申し込むことにしました。

少人数で、会場もレストランだったり、結婚式というより結婚パーティーという感じでしたが、ドレスも選べて、メイクまでして貰えるのには驚きました。写真撮影だって予算内で済むんです。自分で用意しなければならないものもありましたが、それを含めてもかなりの低予算でできるのです。夫もスタッフさんのお話を聞く度に驚いていました。

そして3ヶ月後、ささやかながら結婚式を挙げることができました。挙式も披露宴も、垣根なしのこじんまりとした式でしたが、ご招待した皆さんとお話がゆっくりできたり、とても自由で伸びやかな式になったと思います。お食事の方も、レストランということもあり、味に間違いはなし!皆さん美味しかったと喜んでくれました。格安でも、こんなに良い結婚式ができるんですね。

子供と一緒にウェディングロードを歩きました

おめでた婚で、既にお腹も大きくなっていたので、結婚式は子供が生まれてからにしよう、ということになりました。でも、生まれたら結婚式どころではなく、子育てに家事に追われる毎日…。自分のこともままならず、式のことなどすっかり忘れていました。時々思い出しても、そんな時間はないし、ましてや体型も崩れてお肌も髪もボサボサだし…とほとんど諦めかけていました。

4歳になる頃、子供も幼稚園に通い始め、やっと少しゆとりが出てくるようになりました。自分のお手入れができるようになって、ふと、結婚式のことをまた思い出したのです。今なら大丈夫かも、と。夫に相談すると、俺も考えていた、だって。忘れてたって顔したくせに(笑)

そして、改めて結婚式に向けて動くことにしました。他の結婚式の邪魔にならないよう、1日1組貸切という会場を借りて、自分の子供も出席者の子供もはしゃいでも大丈夫なようにしました。もちろん、演出も子供と参加できるように、プランナーさんと一緒に考えて。

式当日は、父と子供に両手を引かれてウェディングロードを歩きました。子供は、ママと結婚式するんだ!と喜んでいたし、父も孫と一緒にエスコートできて満足そうでした。夫に引き継がれる時は、二人共なんだか寂しそうな顔。ママはパパと結婚式するんだよ、と言うと、息子はスネてしまいました(笑)でも、式が進むにつれ、子供も食べられる料理をチョイスしたおかげでゴキゲンになりました。友人や親戚の小さい子たちも楽しそうで、子供を中心に考えて良かったなあと思いました。ウェディングケーキも、みんなで食べられるように、タワー型ではなく巨大なホール型にしました。ケーキカットは子供と三人で。最初の一口は、夫と二人で子供に食べさせました。おいしいね、とニコニコする子供を見て、一気に幸せが溢れ出しました。諦めないでやって良かったです!

おめでた婚でスピード挙式!大変だったけど楽しかったです

妊娠が発覚したのは、付き合い始めて半年後のことでした。とても驚きましたが、適齢期も過ぎようとしていた時でしたし、彼も喜んでくれて、結婚することになりました。両親に報告する時はとても緊張しましたが、思いのほかすんなり受け止めてくれて、トントン拍子に両家の顔合わせへと進んで行きました。

顔合わせは問題なく、和やかなムードだったのですが、結婚式についてどうしようか、という話題になりました。大変だから子供が生まれてからでもいいのではないか、とうちの父が言ったのですが、彼の母もうちの母も、生まれてからはそんな余裕はない!と声を揃えて言うのでみんな笑ってしまいました。さすが人生の大先輩たちです。

そんなわけで、安定期に入り、かつお腹がまだ目立たない時期に重なるよう、急いで結婚式の準備をしなくてはならなくなりました。取り掛かったのが妊娠3ヶ月目だったので、あと3ヶ月ほどで準備を整えなくてはいけません。つわりも出てき始めて、打ち合わせ中に具合が悪くなったりと、彼にも式場スタッフの方にも心配を掛けてしまいました。

でも、何とか当日には体調も少し良くなり、赤ちゃんも順調に育って、少しお腹がポッコリしてきたかな?というぐらいでした。マタニティ用のウェディングドレスは締めつけ感がなく、とてもゆったり着ることができました。急な招待にも、友人たちは駆けつけてくれて、賑やかな結婚式になりました。もうすぐ出産予定日です。将来、子供に結婚式の写真を見せて、この時お腹にいたんだよ、と言うのが楽しみで仕方ありません。

結婚10年目のウェディングドレス

結婚して10年、若くして結婚し、貯金も収入も少なかったこともあり、式は挙げずに、周囲には結婚報告ハガキで済ませました。幸いすぐ子供に恵まれ、妻として母として忙しい日々を過ごしていました。

ある日、夕食後に家族でテレビを見ていると、結婚30年目に子供からサプライズ結婚式を挙げた夫婦の特集をやっていました。私は何気なく見ていたのですが、子供が、「お母さんたちもすればいいじゃん、結婚式」とニコニコしながら言うのです。その場は、今更結婚式もないよ~と笑って済ませました。

しかし、数日後に夫が、「貯金もある程度貯まったし、簡単にやってみるか」と言い出したのです。子供の言葉に、夫も考えるところがあったそうです。それに、私は知らなかったのですが、夫の両親から結婚式はやってほしかった、と時々言われていたようで…。早く言ってくれれば良かったのに…。

それから半年後、結婚して時が経っていることもあり、ごく親しい友人と親戚だけの小さな結婚式を挙げました。みんな祝福してくれて、子供からも「お母さんキレイだよ!」とカメラのシャッターの嵐。夫の両親のみならず、私の両親もとても喜び、涙していました。夫もうっすら涙ぐみ、私も涙が止まらないほど感動しました。夫が式をしようと言ってくれなければ、本当にしないまま、ウェディング姿も両親に見せられないまま時が過ぎていったかもしれません。そのきっかけを作ってくれた子供に感謝、そして、祝福してくれたみんなに感謝です。

海外挙式は一生の思い出です

私たちは、長年遠距離恋愛をしてきました。それも日本の北端と南端の超遠距離…。会えない時の方が断然多かったけれど、1回1回のデートを大切にして、やっと結婚に至ったのです。

でも、問題は結婚式をする場所でした。お互いの地元の中間地点でするのがいいかと思ったのですが、そうすると親戚だけでもお足代がとんでもない額になりました。これではとてもじゃないけど呼べないし、どちらかの地元でするにしても、結局どちらかの親族、友人たちに負担が掛かる…。これは相当悩みました。

悩んだ末に、新婚旅行諦めようか、と彼の一言で、ピンと来ました。そうだ、新婚旅行先でいっぺんに済ませちゃえばいいんだ!と。そこから、海外挙式について調べまくる日々。結構プランが豊富にあり、シーズンオフや挙式時間を調整すれば、値段が安くなることも分かりました。お足代がいらない代わりに、ご祝儀をお断りすることで大丈夫ということも分かり、うまくすればご祝儀より安く済むから、出席者の負担も軽くなるのではないか、と彼と一緒にノリノリに。親戚や友人にも事前に連絡したところ、海外旅行もできていいね!と言ってくれたので、本格的に準備を進めることにしました。

なるべく格安で済む国と日取りを押さえ、無事に海外で結婚式を挙げることができました。南国でオーシャンビューの会場でしたので、とっても開放的で、楽しい式になりました。通りすがりの地元の人たちも、Congratulations!と声を掛けてくれて、いろんな人に祝福されて幸せでした。海外まで来てくれたみんなも、式の前後で観光を楽しめたようで、非常に満足してもらえました。私たちもバタバタすることなく、新婚旅行が楽しめて良かったです。これ以上にないくらい、一生の記念になりました。

やって良かった!私が結婚式を挙げた理由

結婚式にはお金が掛かると聞いていた私は、自分が結婚するときは、ナシでいいやと思っていました。1回だけの事にお金を掛けるより、その後の生活の方が大事だとも。それを友人に話すと、「シビアだね~」といつも笑われていました。

今の夫と付き合い、そろそろ結婚しようかと言う話になった時も、私は同じことを言いました。男の人も結婚式は億劫な人が多いと聞いていたので、てっきり同意してくれると思ったのですが、「結婚式がないなんて寂しいよ。それに、君のウェディングドレス姿も見てみたい」と意外な言葉が返ってきたのです。両家の両親からも、「自分たちもいくらか出すから、結婚式はしてちょうだい」と言われたので、私一人がしぶしぶ、という感じで準備を進めることになりました。

でも、不思議なものですね。ドレスの試着や、ブライダルフェアなどで下見をしているうちに、気分が盛り上がってきたのです。模擬挙式も見学しましたが、全然関係のない人の、模擬挙式なのに感動してしまったのです。それがきっかけで、自分がするのではなく、両親や親戚、友人にお披露目するという意識も芽生えました。

そしていよいよ挙式当日。二人とも働いている中での準備は本当に大変だったけど、その甲斐あって、滞りもなく、とても良い式になりました。特に、ケーキカットの時は、本当に共同作業という感じで嬉しかったです。二次会でも、皆が良い式だったね!と言ってくれて、結婚式を挙げて良かったと心から思いました。夫も、未だに結婚式の写真やビデオを見返しては、「ウェディング姿綺麗だったね」と言ってくれています。あの時、結婚式をやらずにいたら、こんなことはなかったでしょう。本当に、やって良かった!

海外挙式は一生の思い出です

私たちは、長年遠距離恋愛をしてきました。それも日本の北端と南端の超遠距離…。会えない時の方が断然多かったけれど、1回1回のデートを大切にして、やっと結婚に至ったのです。

でも、問題は結婚式をする場所でした。お互いの地元の中間地点でするのがいいかと思ったのですが、そうすると親戚だけでもお足代がとんでもない額になりました。これではとてもじゃないけど呼べないし、どちらかの地元でするにしても、結局どちらかの親族、友人たちに負担が掛かる…。これは相当悩みました。

悩んだ末に、新婚旅行諦めようか、と彼の一言で、ピンと来ました。そうだ、新婚旅行先でいっぺんに済ませちゃえばいいんだ!と。そこから、海外挙式について調べまくる日々。結構プランが豊富にあり、シーズンオフや挙式時間を調整すれば、値段が安くなることも分かりました。お足代がいらない代わりに、ご祝儀をお断りすることで大丈夫ということも分かり、うまくすればご祝儀より安く済むから、出席者の負担も軽くなるのではないか、と彼と一緒にノリノリに。親戚や友人にも事前に連絡したところ、海外旅行もできていいね!と言ってくれたので、本格的に準備を進めることにしました。

なるべく格安で済む国と日取りを押さえ、無事に海外で結婚式を挙げることができました。南国でオーシャンビューの会場でしたので、とっても開放的で、楽しい式になりました。通りすがりの地元の人たちも、Congratulations!と声を掛けてくれて、いろんな人に祝福されて幸せでした。海外まで来てくれたみんなも、式の前後で観光を楽しめたようで、非常に満足してもらえました。私たちもバタバタすることなく、新婚旅行が楽しめて良かったです。これ以上にないくらい、一生の記念になりました。

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